屍鬼 感想

小野不由美屍鬼を読んだ
まずはこの 起き上がり という言葉が怖い そして 招かれないと入れない この設定にゾクリと背中を撫で上げられた 内と外 起き上がったもの達は外から内へ入り込もうとする その境界で途方にくれる静信 内と外 それは誰が決めるもの? 神が決めたもの? ならば自分はいったい何に殉教するべきなのか 自らの心の闇を覗き込みながら 弟を殺した兄の話しを書き続ける静信 そして彼の物語りは彼の現実へとリンクしてゆく   
命がかかる極限の状態の中 究極の選択を迫られた時 あなたならどんな道を選びますか? 仮面ライダー龍騎でも突き付けられたこの正解のなき命題が この物語りの中にもある 人側 そして屍鬼側 そこにある様々な選択 そしてどの道を選んでも そこにあるのは苦痛と哀しみ 作者はそれを淡々と描き出してゆく 
自分が殺した相手 夏野の墓に花を運ぶ徹 オレは夏野に甘えている 自分を罪と自覚しながら それでも生きたいと願う自分を知っている彼の叫びが痛かった そしてそんな徹を受け入れて死んでいった夏野 生前と変わらない姿 生き返って欲しいとまで願った相手をどうして自らの手で殺せよう 夏野はそんな自分を受け入れて死んでゆく 彼は怒らない 恨まない 嘆かない なぜなら彼はそれが自らが選んだ道だと知っているから だからただ その状況を悲しみながら死んでゆく この徹と夏野 この二人の関係がとても美しかった 切なかった
そして敏夫 屍鬼となった自らの妻を人体実験し その胸に杭を打つ医師 目を背けたくなるほど辛いシーン 自分の辛さと苦しみを引き受ける覚悟の元のこの彼の選択 それは 善と悪を超えた彼の世界における彼自身の選択 そして彼はそれをキチンと自覚している
そして屍鬼側 私はエゴイストなの だから人を襲いたくない 飢えに苦しみながらもそう叫ぶ律子 彼女も 自分の世界の中の自分の価値観を知っている者の1人だ
不死の人浪 辰己は言う 『自我こそが人の人たる所以 にもかかわらず自我だけは残す事が出来ない それは虚空に出現し落下して消える ただそれだけのもの』 そして この落下を自覚し それでもあがく人の様を彼は美しいと言う 屍鬼というこの物語に 私はまさに彼の言う 人のあがく様の絵模様を見たと思う 
屍鬼と人 内と外の境界で彷徨う静信 彼の書く物語は最後 兄と弟が1つとなって終わる 殺し殺された者の一体化 いや それらは元々1つのものだった 光は闇 闇は光 そして合わさったものは もはや誰にも穢される事のないすがすがしいまでの闇 実体のない闇 これは絶望する心配のない絶望なのだろうか 内も外も放棄した静信は人浪となった 彼もまた 辰己の様に 参加せずにただ眺める場所に立つ 外と内に囚われたまま素直に苦しむ沙子に灯を見つけながら
『ぼくは世界で最後から2番目に死ぬ者になりたい』 この辰己の言葉の狂に酔い 徹が夏野を殺すシーンを美しいと感じる自分の感性の不思議さ 人は誰でも「自分」という妖しい箱を抱き締めている
実は 夏野の起き上がりを期待した自分 けれど彼が起き上がらなかったのは 作者の彼への愛なのかもしれない なぞとふと思ったりしました